2013年07月

前回の続きですが,すぐ近くに芹沢?笘介が住んでた家が移築されて公開されてました。
民芸運動に影響されたからでしょうか,住まいも古い民家を改装して住んでた様です。
一階は土間と応接を兼ねたギャラリー,2回がアトリエとして使用してたようです。
なかなかプロポーションの良い建物です。豪華な造りではありませんがまじめに造られた家
ですね。白州次郎の住まいを連想してしまいました。やはり家と庭は大事です。
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いり口の土間。コレクションのお面が飾られています。
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集められた物で構成されたインテリア。居心地良さそうです。
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ついでに縦穴住居。中学の修学旅行で来た記憶があります。火付けの体験をしてました。
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なかなか落ち着いた空間。洞窟を連想してしまいます。
これでも雨風しのげて住めますね。現代の家は重装備でなんと
複雑でしょうか。これ自分でつくって住もうかしら。
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白井晟一は『建築とは物質である』と生前語っていましたね。
これは”物質的にも建築的”にも時間に耐えるモノでなくてはいけないという事でしょうね。

で,それを確かめにいってきました。登呂遺跡まで。登呂遺跡を確かめにいった訳でなく,
前から見なくてはと思ってました,1981年にできた白井晟一の芹沢?笘介美術館を。

片道約300KMですが,途中山道経由で少し楽しみました。が往復600KMは人間の耐久力
のほうが問題でありました。
相変わらずここはポルシェ率が高いですね。
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美術館は道路側から見ると蔦におおわれていて紅雲石積みのかたちは消えていました。
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ひっそりしていて良いアプローチですね。
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アプローチから中庭をみます。
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中庭を見つつ90°左へ向くとエントランスです。
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内部は左官の塗り壁と天井はチョウナ仕上のナラ板とサオ縁の”ハリボテ”仕上ですが,その仕上は躯体の中に別の躯体が仕上げられている感じで,ハリボテ感はまったく感じません。32年の時間を感じさせませんでした。もうノックアウトです。惜しむらくは展示室からメインの中庭を見ながら展示が見える設計ですがなぜか,窓には全て暗幕がかかっていたのが残念でした。
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途中休める空間があります。内部と中庭のボリュームが絶妙で,落ち着けて良かったですね。
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これが出口空間です。久々に見応えのあるモノを見る事が出来ました。韓国産の御影石だそうですが,当時一山買って使ったとか。渋谷の松濤美術館も同じ仕上でしたね。
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最後に裏側から様子を見ましたが,物質的にも見事に時間に耐えておりました。最近こういう建築ないな~。は~疲れた。
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先日広瀬川アート散歩スケッチ会に参加してきました。
シャセイは小学校以来ですので40年振りですかね。
がまん殿がドイツの空冷の早駕篭で拙宅まで迎えにきていただきまして
恐縮なスタートです。
もうかなりな数の参加者で受付は混雑してます。受付を済ませ。
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いざスケッチの現場へ。どこをかこうかで1時間くらい悩んでしまいました。
絵を描くのがこんなに難しい事だと思わなかったです。よく小学生の時フラフラ
フラフラして結局時間切れで完成出来なかったのを思い出しました。人間は何十年
たっても変わらないもんだな~と思いました。(笑)
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で時間がきて絵を回収され,参加者全員が先生の好評を受けます。一緒に参加した
ゾネさんの絵は,まるでセーヌ川のような美しい絵です。これが広瀬川でしょうか。
私はシューベルトのますをイメージしてしまいました。
私の絵もすばらしいとの好評をいただきまして無事終了となりました。(笑)い
つかお見せ出来る日がるでしょう。
しかし,絵って同じ所を描いても一つとして同じ絵はないという事が面白いな~と
再認識いたしました。究極のアナログかもしれませんね。
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この後打ち上げですが,時間が空きましたので,生バンドの演奏などを聴きその後
オシャレなイタリアンのお店で打ち上げの食事をして,久々に充実した一日を
過ごす事ができました。誘っていただいたがまん殿やご子息,奥様,ゾネさん,G夫妻
紅雲町の巨匠,お世話様でした。
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しばらくさぼってましたが,もう7月で,梅雨明けで,この暑さです。
大丈夫かいなってな感じですが,この暑い中工事は進んでます。
みなさま,本当にご苦労様です。

基礎型枠が建ち上がってくるとやはり平屋75坪は大きいですね。
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これはお楽しみの部屋の基礎。コンクリートのシェルで空間を覆いますので
それなりの基礎となります。なんかのシェルターに見えるかも。
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